■オィリュトミー国際会議
4月18日火曜日の夕方4:30に開幕、「人間の本質とオィリュトミー」というテーマの記念講演で始まりました。その後にオィリュトミーの公演もありました。
毎日でした。夜8時過ぎから公演があるのです。プロの舞台、オィリュトメウム(オィリュトミー学校)の学生の舞台、ライエン(習っている人)の舞台と。さすがにヨーロッパなんだなぁと、変なところで関心してしまいました。
翌19日から22日土曜日まで、朝は9時から講演が始まります。30分の休憩をはさんで、17の講座にわかれてワークショップを受講します。各国から著名な先生がみえて教えてくださいます。これが午後1時前で終わり、お昼ご飯と自由時間となります。
途中1時間のヴァルドルフシューレ(シュタイナー学校)の生徒たちの舞台がありますが、午後5時にワークショップが始まるまでは自由な時間です。1時間15分の後、夕飯と休憩が入り(およそ2時間)その後夜の公演となるのです。
日本人には考えつきそうもないこのスケジュールの組み方!!ゲーテアヌムの環境にどっぷりと浸かった5日間でした。
■ゲーテアヌム

ゲーテアヌム
ルドル・フシュタイナーが人智学協会の拠り所として、また神秘劇やオィリュトミーのための劇場として建てた建物です。ドルナッハの丘の上にありますが、そのまわりにもシュタイナーの作った建物が点在していて、その一帯は独特の雰囲気があります。現在あるのは第二ゲーテアヌム(1925〜1928建設)で、同じ場所にあった木造の第一ゲーテアヌム(1913〜1920建設)は1923年にナチの狂信者による放火で炎上しています。

ゲーテアヌム西側正面
鉄筋コンクリート打ちはなしの外観。
建築史上ではドイツ表現主義といわれる。
かのバウハウスと同時代にRCでみごとに有機的な建築を作っている
毎日様々なテーマでの講演は、ゲーテアヌムのステンドグラスのモティーフの言葉について、また人間の身体、音楽の本質、オィリュトミーの教育的療法的効果・芸術的側面についてなど、盛りだくさんの内容でした。聞いてきただけで何処まで理解できたのかは定かではありません。
もちろんドイツ語での講義ですが、現地の日本人オィリュトミスティンが同時通訳をしてくださったので聞くことが出来ました。
■ステンドグラス
色ガラスのパーツを縁取った普通見かけるのものではなく、厚い色ガラスの板にエッチングを施してその色の濃淡で表現しています。
写真はおみやげに買ったカードをスキャンしています。ここでは建物の中でシャッターを押すことが暗黙のうちにダブーのようでした。

ステンドグラス ゲーテアヌム西正面上部
色がよく出ていません、実際は燃えるような赤です。図柄それぞれに深い意味合いがあります。ココでは内容に触れませんが、解説の本が出ています。


グロッセンザール南側の4枚、北側にも対で同じ色のものが並びます。
図柄は違います。
北側はマクロコスモス、南側はミクロコスモスの表現だそうです。
■ワークショップ
直に先生の言語を理解できない私たちが、受けることの出来る講座は限られていました。現地の日本人の方も受けていらして、そこそこに通訳してくださるクラスでないと訳がわからないでしょうから。それでも五感を全開にして必死で参加してきました。
延べ6回のワークショップでしたが、私の参加したクラスはかなり高度な内容でした。シューマンのエチュードOPUS13の作品の導入部を使って、音楽オィリュトミーの様々な要素を的確に説明され、それを体験させてもらいました。表現に至るにはまだまだのところにいますが、意識の底に大切に仕舞っておくだけでも今後の動きに何らかの違いを与えてくれそうです。
■ライエンでの発表
この会議へのもう一つの大きな目的がライエンコースの舞台発表でした。各国からそして、数十年後でもオィリュトミーを続けていられるんだなと嬉しくさせられる年齢の方を含めて9組の参加でした。この時へ向けて今までしたこともないような密度と頻度で練習をしてきました。仲間との関係性を含め今回の国際会議のメインテーマ「オィリュトミーを通しての自己教育」をある意味実践できたようです。現地ではピアニストや練習の場所に恵まれる、ステージに照明をつけてもらえる等々の幸運が付いてまわりました。ゲーテアヌムのグロッセンザール(大ホール)1000人もの観客の前でしたが、その場所の力が私たちを支えてくれたようです。始めて味わう仲間との会場との一体感、際だつ集中力、静かなはっきりとした時の流れが目に見えるようでした。作品は媒体として働き、素晴らしい幸福感を得ることが出来ました。まわりにいらっしゃる様々な方のお陰で、貴重な体験をさせていただいたことを心より感謝いたします。

楽屋で、先生とピアニストと記念写真。
ビューネ(ゲーテアヌムの舞台)のメンバーであるピアニストに
しっかりメイクしてもらって「これから行くぞ」というところ。